フ ェ イ ス パ ッ ク 銀 行 強 盗
フェイスパック銀行強盗が出た。
年の頃は20代だろうか。
中肉中背のその男はフェイスパックを貼り付けた姿で、私の目の前に立っていた。
そう、男は私の6畳間に現れたのだ。銀行強盗なのに、である。
「銀行強盗だ!!」
デニム地のエプロンを靡かせ、左髪のみを火炎のように逆立たせたこの怪人物は、自らが銀行強盗であるとそう叫んだ。
絶対に違う。
何故ならここは銀行ではないし、目出し帽をハトムギフェイスパックで代用する銀行強盗など存在してはならないからだ。
付け加えるならば、彼が私に突きつけたそれは完全にドライヤーであった。
無言の膠着状態に痺れを切らしたのか、彼は股ぐらをゴソゴソと漁りだした。
私の脳内には『通報』の2文字と『蜩』の1文字が浮かんでいた。後者はこれなんて読むっけなと考えていただけである。
スッ。
ミカルゲだ。デニム怪人のサブウェポンはミカルゲだった。ということはこいつはシロナなのだろうか。
「シロナではない」
違った。ひとまずは安心である。
その時、窓から陽の光が差し、私は一瞬顔をしかめた。再び目を開けた時、男はもうそこにはいなかった。
先程の数分はミカルゲのさいみんじゅつによる幻覚だったのではないか。ひとまずそう思い込むことにし、シャワーを浴びて寝た。
私の淡い期待は、その翌日には打ち砕かれた。
また、出た。
妙に扇情的なポーズでキッチンに鎮座していた彼は、私に気づくと懐から2対の木彫りを出し、
「一生カラスを見ないでいいなら、見ないか」
そう問いかけてきた。私の絶句をどう受け取ったのか、彼は
「ええい、億劫な」
と吐き捨て、とんでもない超音波を叫びはじめた。恐怖のあまり蹲った私が再び目を開けると、やはり男は霧散していた。ちなみに、カラスは普通にいた。
それからというもの、フェイスパック銀行強盗は連日連夜わが家に姿を表した。
ドッスンは、遺影のように持つのだと彼は言った。風呂に入りたいのでどいてください。私の願いが聞き入れられたのは日付が変わり、空が白みはじめた頃だった。
インターホン越しに邂逅したこともあった。その時の彼はマスキングテープによって視覚を失っていたが、そんなことは意にも介さず、
「リフを作りすぎたので、もらってくれませんか」
と問うてきた。
これには流石に心が揺らいだが、ここで彼を招き入れてしまったら全てが終わるぞと考え直し、丁重にお断りした。
翌朝、玄関先には人糞が落ちていた。
そんな日々が続き、私が憔悴しきった頃。
ベランダに出現した彼は、鉢に植えられた造花にアクエリアスを注いでいた。
風が心地よい日だった。
どうして、そんなことを____
そのとき。
ああ、そうか。
私は気づいた。
意味なんてないんだ。
彼は、進路・職業・行動・物理現象・生命、何事にも意味を見出そうとする現代社会から弾かれた存在。『無意味』そのものなのだ。
「Congratulation!!!」
「そう。私は、進路・職業・行動・物理現象・生命、何事にも意味を見出そうとする現代社会から弾かれた存在。『無意味』そのものなのだ」
彼は既出の情報だけを言うと、そのままベランダから飛び降りた。
ありがとう。
口をついて出たその言葉も、すべては『無意味』なのである。
〜Fin〜
翌日も、彼は当然そこにいた。
お別れっぽい雰囲気も、彼の前ではそう____